猫が来る!

The Cat coming!

物産マンはもっとコリドーでウェイできた ~執行役員今昔物語~

※いつも通り、PC推奨です。

 

はじめに

執行役員」という役職を設ける会社があります。

ビジネスの現場では、実際によく使われる役職であり、「役員」という言葉がくっついているにも関わらず、法律上は何の規定もない役職で、ビジネスの現場での使われ方も千差万別です。似たような言葉で「執行役」という、会社法上の規定を持つ役職もあるため、なんだかよく分かりません。

インターネット上には、明らかに執行役員と執行役の区別がついていなかったり、「執行役員」が法律に定められているかのように解説していたりする記事もあります。

また、上場企業の執行役員経験のある方で、執行役員と取締役との違いが分からないことは会社員として非常に問題があるかのようなことをおっしゃる方もいます。

もちろん、務めている会社や部署、担当業務によっては、執行役員と取締役の区別がついていないことで、仕事に差し支えが生じることもあると思います。

ただ、当然のことながら、その場合でも会社や部署、担当業務によって、理解や区別の仕方は異なることでしょう。

例えば課税処理を扱う部署で安易に、執行役員と取締役は違うもの、などと考えていたら、大失敗をしかねません。

部署や担当業務によって、執行役員というものや取締役との区別の基本的な理解の求められ方について違いがある、ということを前提としたうえで、一般的な会社員が、執行役員とは何か、取締役との違いは、ということについてどういうことを知っていないといけないか、というのであれば個人的には以下の2点かと思います。

執行役員も取締役も、その会社の偉い人。

・取締役は法律上の役員だけど「執行役員」とだけ肩書についている人は、法律上の役員ではない(ことが通常)。

基本的にはこれだけで足りると思います。

もう2歩進んで、

・日本の上場企業では「取締役常務執行役員」等、2つが合体した肩書を持つ人が普通にいるよ。

・「執行役」という会社法上の役職もあるから気をつけろ。

ということまで知っておけば、一般的なビジネスの現場で困ることはないのではないでしょうか。

その理由として、昔話から始めたいと思います。

 

  

物産マンはもっとコリドーでウェイできた。 ~執行役員ができる前~

執行役員という役職を設けているのは、上場企業が多く、また日本で初めて執行役員制度を導入したSONYも上場企業なので、ここからは基本的に日本の上場企業に的を絞って話をします。

 

執行役員という役職が登場する前の上場企業には、取締役が山ほどいました。

今でこそ東証上場企業の取締役の平均人数は8-9人程度で、まさに出世競争を勝ち抜いたひと握りの人のみが取締役なのだという状況です。

(昨今の上場企業の取締役人数についてリンク先P.73参照、新しいタブで開くことを推奨)

https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jb0-att/tvdivq000000uu99.pdf

 

ただ1990年ころまで、基本的に日本経済は拡大基調にありました。

経済が拡大しているので、各企業においても、大きな成果を挙げる人が沢山出てきます。今まで営業所しかなかった大阪を支社にまで成長させた、とか、ゼロから名古屋の販売先を開拓して一大拠点にした、とか、初の海外輸出案件を成約させて国際業務の途を開いた、とか、とにかく社内で新レジェンドが生まれていきます。

レジェンド的な結果を出した人が社内トップクラスに昇進しないと、社内のモチベーション維持に支障が出かねません。経営全体を統括する立場に就任する、というより成果に対する報酬として取締役への就任を使用していたので、大阪支社長だとか営業部長だとか、一事業部門の実働部隊長が、あたりまえのように取締役に就任していました。もちろん会社自体の規模や事業領域の拡大もあり、増えた人員や部門を統括する人が必要になってくる、という事情もあります。

そうした事情が相まって、取締役になる人がどんどん増えます。議論の先取りになってしまう点もあるのですが、下記リンク先P.4(新しいタブで開くことを推奨)を見ていただくと、20人も30人も削減できるほど取締役がいたこと、つまり30人も40人も取締役がいるような企業が普通にあったことが分かります。

https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jb0-att/2000_enq.pdf

そうなると、日本の企業は、定款で取締役数の上限を定めていることが多いので、もうこれ以上取締役を増やせなくなってきます。今となっては信じられない話ですが、正式に取締役には任命できなくても、取締役並みの給料だけは払うための役職として、「役員待遇」だとか「参与」だとか、株式会社なのに「理事」だとか、何を職務とするのかよく分からない人たちまでいたくらいです。

取締役が沢山いるだけでなく、代表取締役も沢山いました。1978年の法律専門誌で取締役会についての鼎談を行っているのですが、当時の三井物産監査役の方から、自社の取締役45人のうち20人くらいが代表取締役であると言われ、東京大学商法学者の方が「んなわけない」と突っ込んだところ「マジやで」と返されて、驚いている様が残されています。

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商事法務802号(1978年)P.16


流石に20人も代表がいるとなると、代表っていったいなんなのよ、と言いたくもなります。

そして代表取締役が20人もいるとなると、人気部署に所属している20代後半から30代くらいの職員であれば、代表取締役へのレールに乗れていると自称しても虚偽や誇張とまでは言えないような気もします。

つまり、今日に連なるコーポレートガバナンス改革さえなければ、今でも物産マンはコリドー街で「ここだけの話、オレ、将来の代表取締役候補なんだよね」というセリフが使えたといっても過言ではありません。多分、「将来の執行役員候補」というよりは、女性ウケはいいような気がします。

 

炎上芸人は訴えてやる! ~「執行役員」の誕生~

そんなこんなで、景気がいいころは取締役をどんどん増やしていた日本企業ですが、総会屋への利益供与等企業不祥事が頻発したことや、バブル崩壊後の業績悪化に伴って、取締役や取締役会がやるべきことをやっていない、ということが言われるようになります。本来、取締役会での充実した議論に基づき企業の意思決定をしたり、業務の監督をしたりするべきなのに、それがなされていない、というわけです。

そうした経緯を踏まえて1997年にSONY執行役員なる制度を導入します。その後、上場企業を中心に執行役員制度は広まっていきます。執行役員制度導入の理由としては、主に以下の3点があげられます。

1.意思決定の充実、迅速化

30人も40人も取締役がいると、取締役会なんて開いたって、十分な議論などできるはずもありません。実際、取締役会は儀式のようなもので、平取締役は挙手しておしまいです。

また、取締役の人数が多いと日程調整だけでも大変です。法定事項について緊急の判断が必要な時に、次に定足数以上集まれるのは来週だよ、と言っていたら話になりません。

そこで意義のある議論を、迅速に行うために取締役の数を減らすことにしました。

しかし、ただ減らすと取締役じゃなくなる人や、もうすぐ取締役になれた人のモチベーションがだだ下がりします。そこで「USAでは、ベリーエグゼクティブなポジションだよ!」と、とりあえず凄そうな役職を作って、それに就任することは取締役に負けず劣らぬ昇進なのだ、ということにしました。

2.意思決定・監督と執行の分離

先にも述べたように、当時の取締役はただでさえ内部昇進の上、現役の事業部門の実働部隊長も沢山いました。となると、自部門より他部門のプロジェクトを優先した方が全社的な利益になるとしても、他部門優先の判断をし辛いことは想像に難くありません。多くの会社が、バブル崩壊後なかなか業況回復できない一因がそういう点にあると言われるようになりました。

そこで、新設した執行役員に業務執行の権限を委譲することで取締役は業務執行からは分離して、全社的な意思決定と執行の監督に専念するものだと、取締役には今まで以上に意識してもらうことで、経営改善を図ることにしました。

3.株主代表訴訟の一般化と株式持ち合いの解消

平成5年の商法改正で株主代表訴訟が行いやすくなったことや株価低迷で株式持ち合いが解消されてきた、ということも執行役員制度の促進の一因になっています。

実際に会社が敗訴する株主代表訴訟が出てきた状況で、事業部門の実働部隊長が取締役でいることはリスクが大きいです。違法と分かっていたりする案件を取締役が直接決裁していた、などということが判明したら一発アウトです。違法とまでは言えなくても、順法精神に欠けるような案件に取締役が直接関わられたりしても、かなり困ります。数字は作れるけど問題行動も起こすようなタイプは、株主代表訴訟が流行る前なら、一事業部門長として平取締役くらいまでは昇進させられたかもしれませんが、そうはいかなくなります。

それと株式持合解消の結果、機関投資家の株式保有割合が高まってくると、株主総会での決議が必要な取締役選任については、同様に問題児タイプを候補者にするのはハードルが高くなります。

そんな点からも、各事業部門の実働部隊長としてそれまでなら取締役になっていた人のために、取締役ではないけれど部長よりは偉い役職が必要になってきました。

 

そういう点を踏まえると、昨今の上場企業のIRも見え方が変わってくるような気もします。

https://d31ex0fa3i203z.cloudfront.net/wp/ja/wp-content/uploads/2019/04/190425_J_Executive-Office-System.pdf

※本件についての個人の感想は補足に記載します。

 

かくしてワケわからん状態になった ~執行役員の今~

様々な思惑から誕生した「執行役員」ですが、誕生して数年もすると、ワケわからん状態になっていました。

誕生当初こそは、取締役ではないことが重要だった役職ですが、既に2004年ころには「取締役常務執行役員」みたいな方も普通に出てきていました。

日本監査役協会が実施している、国内上場企業の半数以上をカバーした調査では、今日、執行役員制度を導入している企業の約2/3で執行役員兼務の取締役がいることが分かります。

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また、取締役常務執行役員、等の肩書をもっていても、会社法上の業務執行取締役(業務担当取締役)であることを示すのみの場合もあれば、従業員兼務役員の場合もあります。単に、執行役員、であっても雇用型執行役員と呼ばれる契約形態の方や委任型執行役員と呼ばれる契約形態の方もいます。委任型執行役員、とあっても、確かにこれは雇用契約ではないよね、という方もいれば、委任契約のつもりでも雇用契約性が認められる方もいることでしょう。当然のことながら、単に取締役、という肩書でも業務執行権限を有し、業務執行を行っている方も沢山います。

序列関係については、代表取締役-取締役-執行役員、というのが一般的に感じられると思います。が、ここで先に挙げた三井物産の役員一覧を見てみましょう(2020/03閲覧)。

www.mitsui.com

代表取締役常務執行役員がいるかと思えば、取締役ではない専務執行役員がいたり、副社長だけど取締役ではない人がいたり、代表取締役副社長がいたり、と誰がどういう役割でどう偉いのか、外からではさっぱり分かりません。なお、社外取締役を除いて、取締役は全員代表取締役でありながら執行役員にも就いています。

(※2020/04追記 非取締役の副社長執行役員の方はご退任されたようです。少し前まで、代表取締役常務執行役員がいる一方、非取締役の副社長、専務執行役員がいらっしゃいましたし、現時点の安永代表取締役社長ご自身が、株主総会までとはいえ、社長執行役員を務められていたので、全体の趣旨は変わらないということで・・・。)

そこまで序列が面倒な会社は例外でしょうから、自社であれば経営陣のうち、誰がどんな役割でどれだけ偉いか、というのは1年も務めればわかると思います。

他社の経営陣であれば、この人は取締役だからこう接しよう、この人は執行役員だからこう接しよう、なんてことは通常なく、取締役だろうと執行役員だろうと、偉い人として扱うでしょう。もし困るとしたら取締役や執行役員と同時に挨拶しないといけない場合くらいですが、その場合は基本的には一般的な感覚に従って、法律上の役員である取締役を優先すればあまり困らないような気がします。

また他社との関係では、執行役員も取締役も偉い人として扱いつつ、結局はその会社の実質的な決裁権限がどうなっているかを見極めることが重要になるはずです。例えば、この事業を売り込むにあたり、最終決裁者は○○取締役だけど、このラインは課長まで通った稟議は基本そのまま通るから課長を落とすことが重要、とか、普段は自動決裁マシーンである部長が、非鉄金属関係の稟議だけはやたら細かくチェックすると聞いたから、そういう案件については、詳細な資料をそろえておく必要がある、とかが他社との関係では重要で、取締役や執行役員がどうこう、ということはあまり普段の仕事に関わってこないのではないでしょうか。

 

終わりに ~まとまらないまとめ~

こうなってくると、取締役と執行役員は違いますよ、その違いが分からないことは非常に問題ですよ、とおっしゃる方は、取締役常務執行役員、などの肩書を持っている会社が多いことや、会社法上取締役が業務執行を行うことを前提とした規定を多数置いていることをどう考えるか気になるところです。

また取締役と執行役員は原理的な役割が違う、という一部の方が前提とする知識の有無で、他社の経営陣への接し方が変わるようなことはないでしょう。

最初にも触れましたが、税務では取締役も執行役員も同じという場面もあります。その一方で上場企業の総務部等で働いている方でしたら「来期の幹部人事が内密で決まった」と取締役や執行役員の一覧を見せられたら、この人は株主総会にかけて、この人は取締役会にかけて、とかが分からないといけないでしょう。

 

そんなこんなで、執行役員、というものは法律的には定められていないがゆえに、現実のビジネスの現場では、取締役と違いがあることもあれば、ないこともあります。

私自身は、取締役と執行役員の異同について、最大公約数的に必要な知識は最初に挙げた通り、と思っていますし、あとはそれぞれの働く分野で必要とされる知識を身に着けていけばいい、という当たり前で、とても人様の耳目を集められないような結論にしかならないと思っています。

ただ中途半端に、取締役と執行役員は原理的な役割が違う、などと言うくらいであれば、例えば自社が不祥事を起こし外部から経営体制の見直しを求められたとして「現行の監査役会設置会社のままだけど、専務以下の取締役は委任型常務執行役員に切り替える」とか「指名委員会等設置会社として、社外取締役中心の体制に変革する」とか、そうしたことのメリットデメリットを自社の事業領域や活動地域に合わせて考えられる程度には、会社法の知識をその運用面まで含めて習得した方がいいと思います。

 

おしまい。

 

補足

補足① ~世紀を超えて燦然とウェイな物産ブランド~

何度か例に挙げた三井物産ですが、若手従業員がコリドーでウェイなことは三井物産出身者自身が認めています。(下記リンク先 「キャリアのハンドルを放すな。いつでも自分で人生をドライブしよう」参照)

www.onecareer.jp

 

ただ、1968年の時点で、既に女性から大人気の企業、というブランドを確立し(下記広告真ん中参照)、その他の掲載企業がおそらくそのころほどは女性から人気がないであろうことを考えると、三井物産が過去から、そして未来においても、日本のリーディングカンパニーの1社であることは疑いようもありません(純粋に褒めてます)。

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1968年5月2日朝日新聞広告欄

補足② ~2020のIR~

途中で挙げたZ○Z○のIRについて、これは完全に個人の妄想ですが、マザーズ上場以前から10年以上にわたって、同社の取締役として活躍されてきた方を、取締役でも執行役員でもない立場で新任執行役員の補佐につけるような人事を行う時点で、創業社長様はもともと当該新任執行役員の方を取締役にしようとしたのではないか、という気がしています。その人事構想を総務部門から聞いた顧問弁護士が、負けることはないにせよ株主代表訴訟沙汰になるのを懸念して、「社長! 今の時代、株価上昇には執行役員制度ですよ!」と説得にかかったのではないかと。

当初の創業社長様の経営幹部人事構想では、元取締役の方は取締役として所掌業務をもったまま、新任取締役の所掌業務補佐をさせる、という感じだったのではないでしょうか。それが紆余曲折あって結果的に執行役員制度の導入となったので、色々あってまさかの2階級降格に見えてしまうような人事になってしまったと。逆にそうした無茶ぶり人事がなかったとしたら、取締役にも執行役員にもふさわしくないような人物を10年以上取締役に任命していたという話ですし、それはそれでガバナンス上の問題があるような気がします。

もちろん、新任執行役員の方も、利益相反や競業避止義務が面倒くさいので、取締役になりたがっていなかったということで、利害が一致していたと思いますが。

補足③  ~将来のアナタたちにはお金はあげません~

執行役員制度の普及理由として、主に言われるのは、本文中の3点ですが、個人的には将来的な処遇引き下げも主目的の一つだった、と思っています。法的な責任の差異等を理由として、例えばまずは社用車を2人に1台にするとか、個人秘書をつけなくするとかから始めて、いずれ給与を引き下げていくことも織り込んで、制度設計をしていたんじゃないでしょうか。。