猫が来る!

The Cat coming!

ビジネス系自己啓発書の書評

はじめに

 

改正民法(債権法)施行記念と、もうあまり話題になっておらず、都内の大手本屋を見ても3刷から動いていなさそうなことから、どんな内容を書いても売り上げに何の影響もない、ということで以下の書評を上げます。いつものようにPC推奨です。

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以下「本書」といいます。

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例えば島田紳助氏が、先輩後輩分け隔てなく謙虚に礼を尽くしましょう、的なことを説くような面白さがあって、良いことが色々書いてあると思います。自己啓発書としてではなく著者のファンアイテムとして、マストバイなのではないでしょうか。

 

こんなことだけを言っていると、アンチの言いがかり、と言われると思いますので、さっそく始めます。

 

なお私が購入したのは見ての通り2刷です。今回言及するようなことは3刷でもそのままだったと記憶していますが、実は修正されていたり、その後4刷や2版が出版されていて、そこでは変更されていたりしたら、当記事を修正します。

 

 

 

120年来の民法大改正

 

まず、本書の購読者が本書に期待するのは(もちろん人それぞれでしょうが)次のような点ではないでしょうか。

 

「著者は、旧来型の日本的大企業から新進気鋭のネットビジネス企業まで、“ビジネスの現実”を知り尽くしており、そうした経験に基づく“会社員にとって真に役に立つ知恵やスキル”を得たい」

 

この点はある程度合意が得られると思いますので、

・ビジネスの現実に即しているか

・会社員にとって役に立つか

という切り口から具体的な記述を検証して、最後にまとめて本書の改訂案や個人の感想を示したいと思います。

 

早速ですが、本書P.186-187を見てみましょう。

 

ビジネスの現実に即しているか

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本書P.186-187 黄線は当記事の筆者による。

さて、著者によると「新築の家を買って住み始め」てから「6年後に発覚した雨漏り」は「お客さん持ちでの修理」となり「10年も20年も」「責任を負うことは通常は、ありえ」ないそうです。

 

ここで「住宅の品質確保の促進等に関する法律」94-97条から抜粋します。

 

第九十四条 住宅を新築する建設工事の請負契約~においては、請負人は、注文者に引き渡した時から十年間、住宅のうち構造耐力上主要な部分又は雨水の浸入を防止する部分として政令で定めるもの~の瑕疵~について~担保の責任を負う。

2 前項の規定に反する特約で注文者に不利なものは、無効とする。

3(略)

 

第九十五条 新築住宅の売買契約においては、売主は、買主に引き渡した時~から十年間~瑕疵について~担保の責任を負う。(略)

2 前項の規定に反する特約で買主に不利なものは、無効とする。

3(略)

 

第九十七条 住宅新築請負契約又は新築住宅の売買契約においては~担保の責任を負うべき期間は、注文者又は買主に引き渡した時から二十年以内とすることができる。

 

 

法律の条文を読むのは面倒くさいので、飛ばしている方も多いと思いますので簡潔に説明します。

新築住宅は、請負の注文住宅でも戸建売買でも、売り手は雨漏りについて10年間瑕疵担保責任を負い、これを短縮する契約は無効であることが法律で定められています。さらに、この責任は20年間まで延長が可能です。

                                                         

これらのページも参照してください。(新しいページで開くことを推奨します。)

www.zennichi.or.jp

 

・e-Gov法令検索(住宅の品質確保の促進等に関する法律)

ここ数年エグゼクティブクラスとして働いていた著者が細かい法律を知っている必要など全くないと思いますが、「経済・法律・歴史」について学ぶことの重要性を説くチャプターで、ビジネスの現実どころか法律にすら即していないこと事例をほとんどピンポイントで書いてしまうあたり、一昔前の流行語で言うと、すごく「持っている」と思います。

ただ著者を信じた不動産会社のこれからの会社員の方が、6年前に自社から家を買ったお客さんに「雨漏りしたから直して」と言われ「自分で直してね」と答えることで、著者からではなく会社からビジネスの現実の厳しさを教わってしまうかもしれません。

※なお、実際に不動産会社が対応してくれないような住宅トラブルが生じたときは、当然のことながらその時の最新の法令を確認して、公的機関や弁護士含めた対応を検討しましょう。住宅トラブルは、各地の弁護士会も積極的に相談に乗っているようです。

 

会社員にとって役に立つか

 

「これはあくまで例示で、瑕疵担保責任の重要性自体に変わりはない。細かな法律知識は必要ないとアナタ自身が言っているし。」という声もあるかと思います。

ただ、よせばいいのに後ろで情報システムなどの例を出してしまっているので、さらに墓穴を掘ってしまっています。

なんと、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」などの細かい法律では「瑕疵担保責任」という用語は残りますが、契約や取引の基本法である「民法」では2020年4月から「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」に変わってしまいます。用語だけでなく、どういう責任を負うか、ということも微妙に変わってきます。

 

「アンチ必死だな。2019年に出された本の批判に2020年の話を持ち出すとは」と感じられた方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、2020年4月に施行される民法は、2017年5月に国会で成立しています。2017年6月頃から、一般向けの民法改正の解説本は多数出版されています。売買契約やシステム開発などの請負契約にも関係しますから、おそらくZ○Z○の法務部署やシステム開発部署では、瑕疵担保から契約不適合に変わることによる基本契約書の改訂の要否などを検討していたことと思います。エグゼクティブクラスの方であれば、他部署が今どんなことに取り組んでいるかもある程度は知っておいた方が望ましいでしょう。

 

また当然のことながら、2017年に成立していますから、2020年4月に入社するこれからの会社員のうち、法学部卒業生は「瑕疵担保責任」ではなく「契約不適合責任」に変わることを前提に民法を学んできています。彼ら彼女らに対して「君たち、瑕疵担保責任などの基本的な概念をおさえておかないとダメだぞ」なんて語ろうものなら、「流石です! 先輩!」と口では言ってくれると思いますが、「おじいちゃん、それはもう変わったでしょ」と心の中で言われかねません。

 

それと、法律に興味なんてない一般の会社員の方は瑕疵担保責任が契約不適合責任に変わることを知らなくても全然問題ないのですが、様々な媒体で民法改正について言及されていたのにも関わらず、「おさえておきたい基本的な概念」と述べる著者が、用語や内容が変わることについて2年以上何も知らなかったという情報収集力は「流石です! 先輩!」としか言いようがありません。

 

良い借金と悪い借金

 

せっかくなので、このチャプターの前半を見てみましょう。本書P.186です。

 

ISBN978-4-8156-0243-7 P.186

本書P.186 黄線は当記事の筆者による。

ビジネスの現実に即しているか

 

この前段として、著者はP.185で「期限の利益喪失」、つまり一定の条件を満たすと、まだ借り入れの期限が来ていなくても借入金を返済しないといけなくなる、ということに触れています。

 

そのうえで著者は「『かぼちゃの馬車』の詐欺事件」を思い出します。

スマートデイズという会社が」「客の財務状況をうまいこと偽造していた」ことは「典型的な『期限の利益を失わせてしまう』理由にあた」るそうです。

 

確かに、銀行からお金を借りる際、最初に契約する「銀行取引約定書」という書類には、だいたい以下のような条項が入っています。

 

甲について次の各号の事由が一つでも生じた場合には、乙からの請求によって、甲は乙に対するいっさいの債務について期限の利益を失い、直ちに債務を弁済するものとします。

~甲が乙との取引約定に違反したとき、または第●条に基づく乙への報告もしくは乙へ提出する財務状況を示す書類に重大な虚偽の内容がある等の事由が生じたとき。

 

 

実例としては、この辺も参照してください。(新しいページで開くことを推奨します。)

www.hokuyobank.co.jp

 

 

要は、借りた側の財務状況の資料に虚偽があったら銀行は期限の利益を失わせる請求ができるよ=今すぐ金返せと言えるよ、という内容です。

 個人が1回きりの不動産投資用の借り入れをする場合、銀行取引約定書は締結しないことも多いですが、その場合は金銭消費貸借契約書に同様の内容が織り込まれていると思います。

 

経理や財務の経験もないのに、こんなことを知っているなんて、やはり著者はビジネスの現実を知り尽くしている!」

そう思われた方もいることでしょう。

 

ただ、請求によって期限の利益を喪失させるのは実は簡単じゃありません。そういうことが書いてある書類にハンコを押したからと言って、単に粉飾があったくらいでは実際には期限の利益は喪失させられません。

例えば東京地裁H19.3.29の判決で、昔あった姉歯事件という違法建築事件に関与していた建設業者が期限の利益を切られた事件が取り扱われています。そこでは借り手の建設業者が粉飾決算をしていたのは大前提で、違法建築に関与したことが大々的に報道されるような状況で、ようやく請求による期限の利益喪失が認められています。

そこまでいかなくても例えば、実家が会社を経営している方が急逝した親の会社を急遽継ぐことになったとして、亡くなった先代社長が実は長年粉飾をしていた、なんてことはままあります。そのことを正直に銀行に報告したら、期限の利益喪失を請求されて、残りの借り入れを今すぐ返さないといけなくなる、なんてことがあり得ないことは普通に考えれば分かるはずです。

もちろん自らが積極的に粉飾していたり、資料の偽造に協力していたなら期限の利益喪失を請求される可能性はゼロではないですが、著者が書いているように、かぼちゃの馬車事件では財務状況を偽造していたのはスマートデイズであって、実際にお金を借りた人の大半は偽造を知らなったはずです。そんな状況で期限の利益を喪失させるような銀行は、基本的にありません。

相変わらず、ビジネスの現実から乖離したことを言い出してしまう著者です。

 

会社員にとって役に立つか

 

そのうえで、このようにかぼちゃの馬車事件を例に出すことが本当に会社員の役に立つのでしょうか。

もちろん昨今の会社員の中には、収入源の多様化のために、不動産投資を行う方もいることでしょうし、そのこと自体は否定されるものではありません。

ただ

「あぶねー! 業者による偽造に協力して有利な条件で融資を受けようとしてたぜ! この本を読まなかったら期限の利益を切られるところだった! すごく役に立った!」

なんて会社員がいるのでしょうか。

確かに世の中には投資用住宅を住居用と偽って低利でローンを受けようとするなど、主体的に銀行を騙して融資を受けようとする会社員の方もいますが、多くの会社員はそんなことは微塵も考えないでしょう。

もし著者が、こういうことを教えてあげないと多くの会社員が困る、と考えているとしたら、今まで著者が働いてきた会社は、銀行から融資を受けるに当たって財務状況の偽造が蔓延する魔境のような会社ばかりなのでしょうか。今まで働いてきた会社に対するひどい風評被害のような気もします。

 

そもそもの話

 

それ以前の問題として、かぼちゃの馬車の詐欺事件って期限の利益喪失の話なのですか。

もともとスマートデイズが「シェアハウスを建てたら、ワイが一括で借り上げて月50万払うで」と言ってきたので「それなら1億円借りてシェアハウス建てても、余裕で返せるな」と思って不動産投資をしたところ、ある日スマートデイズが「ごめん、もぅまじ無理」と破綻。自分でシェアハウスの借り手や管理会社を探すことになった結果「普通に貸したら、月50万どころか月20万くらいしか賃料入ってこんやんけ・・・」と、借り入れの返済自体が出来なくなって困った人が沢山いる、という事件じゃないのでしょうか(そのうえでスマートデイズキックバック目当ての割高物件を売っていたり、スルガ銀行が偽造を黙認していたり、という話ですよね)。

決して著者の言うように、「遅れずに払」えているけど「財務状況をうまいこと偽造していた」ことが発覚した結果、期限の利益を喪失して困った人が沢山いる、という事件ではないはずです。

本書P.46で著者はファクトとオピニオンを区別することの重要性を説いていますが、かぼちゃの馬車事件に対するこのスタンスは、もはやオピニオンどころか妄想の一種のように思えます。逆にここまで自信満々に書かれると、自分のかぼちゃの馬車事件の理解が間違っているのではないか、と不安になってくるほどです。

 

あと、

 

ISBN978-4-8156-0243-7 P.186

本書P.186 黄線は当記事の筆者による。

2刷まではまだしも、流石に3刷では「住宅ローン」という誤字は直しましょう。それとも不動産投資のための借入を住宅ローンと称するのが最近の「言語化力」というものなのでしょうか。

 

セーラームーンとセーラヴィーナスの違いが分からない奴はヤバい!?

 

宮脇咲良堀未央奈の違いでもいいですが、多分それだと伝わらなくなる人が増えるのと、上手い例えではなくなるので、セーラームーンセーラーヴィーナスのままにします。

 

ついでに、本書P188-189です。

 

ビジネスの現実に・・・

 

ISBN978-4-8156-0243-7 P.188-189

本書P.188-189

というか、ビジネスの現実に即しているかどうかという以前に、この2ページに書かれていることは、ほぼ情報量ゼロです。とても論評に値するだけの内容がありません。

著者の動画を見ると、この点に関する著者の意見がどういうものかがもう少しは分かるのですが、この2ページだけに限った情報量は、頑張って捻出して次のことくらいです。

・取締役と執行役員は役割が違う。

・違いが分からないことは会社員として問題がある。

・取締役は法律に定められているが執行役員はそうではない。

 

で、結局本書だけでは取締役と執行役員がどう違って、それを知らないことがどう問題があるのかが全く分かりません。

このままでは、とても引用としての要件を充足しないので、本書の記述を基に私自身の思うところを述べたのが、以下の記事です。下の記事も簡易に参照できますから、全体として、上記の本書2P分の画像に対する論評です。

 

cr0226.hatenadiary.org

 

いずれにせよ少なくとも著者にとっては、取締役と執行役員の違いで重要なことは、本書や動画で言っていたようなことではなくて、株主代表訴訟の対象とならないことや、利益相反や競業避止義務について、会社法上の責任までは負わず副業等がやりやすいことだと思います。

 

コリドーでウェイの記事の趣旨と同じですが、取締役と執行役員の違いなんて、多くの会社員にとってはセーラームーンセーラーヴィーナスの違いと同じ程度のことだと思います。逆に取締役と執行役員の違いが分からないことより、セーラームーンセーラーヴィーナスの違いが分からないことが重要となるビジネスの世界だってあることでしょう。あと自画自賛ですが、この例えはゴールキーパーとディフェンスの例えよりは、実際の取締役と執行役員の場面に近いような気がします。

 

ついでに言うと、著者が言うようなビジネスパーソンはいないと思いますが、仮に執行役員と取締役の違いが分からないことで、その人を「残念な人だな」と思うようなビジネスパーソンがいるのであれば、話し言葉ならまだしも、この文脈の文章で「会社法」と「商法」を用語として使い分けることができない人の方がより「残念な人だな」と思われるような気がします。

ISBN978-4-8156-0243-7 P.188-189

本書P.188-189 黄線は当記事の筆者による。

日本語として間違っているとまでは言いませんが、その手の方々の用語を借りるのであれば、相当に「解像度の低い」用語の使い方ではないでしょうか。 

 

改訂案

 

主に法的な話題のチャプターばかり検証してきましたが、著者は少なくとも法的な知識や実際のビジネスの事例に関することは、ビジネスの現実にも即していないし、会社員の役にも立たない珍妙なことしか述べていません。

※誤解ないよう繰り返しになりますが、法務部門以外の会社員が法的知識がないことは全く問題はありません。特に大企業に勤めていれば、社内マニュアルに沿って仕事をしていれば法律知識0でも何ら違法なことをする心配はないと思いますし、必要な時には法務部やコンプライアンス部に気軽に照会できる状態でありさえすれば仕事に差し支えはないと思います。ただ著者は自分は法務を勉強して法務部門と戦ってきたと自称しているのですが。

 

著者いわく対案なき批判は宜しくないそうなので、改訂案を出しますが、基本的には本書の前半のように、正誤のない「行動論」「精神論」について、ひたすら自説を述べる本にするのが一番良いと思います。著者が現在多くの人から注目されているのは自身の行動論や精神論に基づいて行動を起こし続けてきたからであり、その行動論や精神論が多くの方の共感を得ているからでしょう。

ただ著者は、自分は行動力だけで成功してきたというのではなくて、賢さも兼ね備えていると思われたがっているようなので、法的な話題のチャプターについてもこうすればもっと良くなるよ、ということに触れてみたいと思います。

 

瑕疵担保責任

 

そもそも法改正に着目した記載に留め、余計な事例を載せなければ良かったように思います。

瑕疵担保責任から契約不適合責任に変わることで、トラブルがあった時に請求できる内容、請求される内容が変わりますので、そうした点に触れつつ、一流のビジネスパーソンたる者こういう変化を押さえておかないといけない!みたいな感じで良かったのではないでしょうか。

あと、著者がやらかしたように法律関係の話題での事例の挙げ方は注意が必要です。

特に、一般消費者向けだとか、特殊な販売方法だとか、特殊な商品だとか、といった際には、何かしら民商法意外の特別な法規制があると思った方が安心です。例えば、一般消費者向けということであれば、誰でも消費者契約法という言葉くらい聞いたことがあると思いますし、不動産の取引であれば、上記で述べたような住宅関連の法律を聞いたことがなくても、賃貸アパートを借りるときでさえ、具体的な場所や賃料の話以前に、何やら色々な書類の説明を受け、ハンコを沢山押した経験のある方は多いと思います。金融デリバティブ商品などの販売であれば、法人同士の取引でも非常に厳しい規制があります。また、法律でなくても、官公庁の監督指針だとか通達だとかが、実質的な法規制として機能している場合もあります。

そんな中で、嘘を書かないための実践的な対策、ということであれば、事例を出す際は、書きたいことに関する最新の「判例百選」という本から自分の言いたいことに合う事例を探すことをお勧めします。そうしておけば完全に違法な例を挙げることはなくなりますし、法改正が行われていたり新たな判例が出ていたりしたとしても「先例としての価値は失われていない」と言えばなんとかなります。

 

期限の利益喪失

 

多分著者は知らないと思いますが、ビジネスの現場で期限の利益喪失が重要になるのは、お互いに売掛も買掛も計上されるような場合です。

取引の基本契約で期限の利益喪失条項を適切に定めておかないと、相手方の業況が悪化した際に、買掛は今月末に支払いが必要だけど、売掛の回収は来月末になって、その間に相手方が破綻した場合に防げたはずの損失を出す場合があるぞ! 売るだけでなく回収までして初めて一流のビジネスパーソンだ! それがオレが普段言っている利益とキャッシュフローの違いが分かっているということだ! というチャプターにしても良かったと思います。

市販の書式例に掲載されている取引基本契約書は、概ね期限の利益喪失条項の手当ては出来ていると思いますので、あとは相手方が準備した取引基本契約書を使用するときに、そうした点を気をつけろ、で良かったのではないでしょうか。

 

どうしても融資に絡めた話にしたいのであれば、業種的に粉飾決算を行いがちな業種があるので、そうした業界に務めている場合、メリットだけを考えて粉飾決算を行うと、もう一方で期限の利益喪失の可能性があるぞ、みたいな話にすれば、著者が良く言うマネジメントの在り方ともつながるのではないでしょうか。

例えば公共工事の入札に参加する建設業者は、お上が実施する経営事項審査というものを受けないといけないのですが、その審査では決算書がチェックされます。公共工事受注のためには粉飾決算に向けたインセンティブが働きますが、その一方で、この場合は自ら主体的に粉飾するわけですから、銀行等にばれれば期限の利益喪失の可能性があり、そうした相反する局面のマネジメントのためにも法的知識が必要なのだ、とかいかがでしょう。

 

取締役と執行役員

 

コリドーでウェイな記事で色々書いたので、繰り返し的な案になるのですが、著者のファンにはベンチャー企業やスタートアップ企業で取締役になる方も多いと思います。そして取締役への就任を要請された場合、得意分野での社内体制整備や実働部隊長として第一線での働きが期待されているのであって、(本書では触れていませんが)株主利益の代弁とやらは二の次でしょう。そうした点と合わせて、利益相反や競業避止義務に触れて、副業を行うにはあらかじめ取締役会や株主総会の議決をとっておくべき、みたいな話をすれば読者のニーズに合致すると思います。

あと著者が運営するオンラインサロンの募集要項に「利害相反」なる用語が使われているのですが(2020/03/30閲覧)多分「利益相反」のことを言いたいのだと思います。仮にそうでないとしても、そんな独自用語を使うと、「利益相反」を知らない残念な人だな、と思われてしまうかもしれないので気を付けてくださいね、と余計な気を回しておきます。

 

出版自体

 

ただ、ちゃぶ台返し的で申し訳ないのですが、最大の改訂案は本を出さないことだと思います。これは冗談抜きにアンチ的な言動ではなく、著者の強みを活かすための改訂案です。

個人的に、著者の強みは、何か凄そうなことを言って勢いで一時的に周囲の耳目を集めることだと思っています。現在のTwitterは、そうした演出に向いた媒体だと思います。

おそらく著者がTwitterで、期限の利益喪失について、かぼちゃの馬車事件を例に出したとしても、そのまま流れていくことでしょう。

珍妙な解説に対して「あれ、よくよく考えると・・・」と少し逡巡している間に「流石です!」「知りませんでした!」「すごいです!」といったTweetが大量に著者自身によってRetweetされた流れを目にすることで、解説に対する違和感より、「なんだこの光景は。」となってしまい、そちらに気を取られてしまうためです。

一方、本だと読みすすめていく間に他者の感想や賞賛が挟まってくる、ということはないので、違和感は違和感のまま残ります。

そういう意味で、著者の強みを活かすには、本はお勧めきません。

 

個人の感想

 

以下は個人の感想なので、もう回れ右で良いです。

 

期限の利益喪失のところで触れた「住宅ローン」という記述で、自分の中では推測ではなく確信になっているのですが、本書は著者へのインタビュー(というかフリートーク)を編集者がテープ起こしをして、適当に文体を整えて、並び替える形で出版されたものと思われます(半分ゴースト的な本)。

インタビューのテープ起こしでの出版自体は、昔から芸能人やスポーツ選手のエッセイなどではよくある手法ですが、昨今ではビジネス関係の本でも「優れた出版方法」として流行っているようです。

 

著者が自らWord等で執筆していれば、いくらなんでも期限の利益喪失に関してかぼちゃの馬車事件を持ち出すことはないでしょうし、事業性ローンを住宅ローンと書くことはないでしょう。

ただ実際に人前で話しをした経験のある方は分かるでしょうが、相当入念に準備をしないと人が話すことなんて支離滅裂になります。好きな食べ物についてカレーの話をしようと事前に考えていても、いざ話すときになるとラーメンの話をしてしまうものです。白を黒と言ってしまうこともあるくらいです。 

そのため著者は、前半の行動論や精神論について話をして気分が乗ってきた結果、期限の利益喪失のチャプター相当部分で、かぼちゃの馬車事件だとか住宅ローンだとか、実際に話をして、それがそのまま本になってしまった。

 

全然違う話をした場合でも、芸能人やスポーツ選手のエッセイであれば、担当する編集者は多くの場合その方のファンで、その方の普段の発言や好きなものにも精通しているでしょうから、校正過程において修正が可能です。

しかしビジネス関係の話となると、行動論や精神論の部分であれば、著者を知っている編集者であれば修正することもできますが、その編集者が知らない法律だのなんだのといった分野では修正をすることは困難です。

 

そして、この出版方法は校正も手間と時間をかけないので、中身がどのようなものでも一定数売れる本の場合に機能する方法であって、ある程度専門性が必要となる場合には、かぼちゃの馬車事件は期限の利益喪失の話、といった支離滅裂さがそのまま放置されるような悲劇が生じてしまいます。

いくらこの著者でも出版サイドが儲かれば本の中身はどうでもいい、とは考えていないでしょう。単純に、ビジネスの現場でどういう方法がどういう条件で上手く機能するか、ということを自分の成功体験からしか考えられないのだと思います(前著は基本的に行動論、精神論の本でしたし)。そのため「以前これで上手くいったから」と、前著や芸能人やスポーツ選手のエッセイなら上手くいく方法でビジネスの本を出版する、などという奇行に走ってしまい、ただのアイマスPの私ごときにツッコミを入れられてしまうのではないでしょうか。「美人は辛いよ」をやってしまったのも同じ理由だと思いますし、個人的にはZ○Z○や同社の代表者による、Z○Z○ ARIGAT○や、「服の原価をご存知ですか」も同じ理由で著者が関わった施策では、と思っています。

ただ個人的には、会社員20年の卒業論文とやらを他人に書かせるあたりいかにも著者らしい読者に対する不誠実さに溢れていると思います。

読者層もその点を指摘されたとしても、ビジネスというのはそういうものだ、と後付け的に言い出しそうな方々ばかりかとは思いますが。

 

もちろん正誤のない行動論や精神論について、著者の考えを聞くことで仕事に対するモチベーションが向上する方がいるのであれば、それは社会全体にとって良いことと思います。

一方で、やはり珍妙なことは珍妙なので、もし読者がそのことに気づいていないのであれば、やはり自分が著者を妄信していないか、ということを一度立ち止まってほしいところです。

 

さいごに

なるべく専門的にならず、糾弾的にならず、愉快な感じで、と書いてきたので、不正確な記述や私自身の力不足による間違いもあると思います。疑問に思う点があれば、ぜひビジネス書や専門書に定評のある出版社の本で自学自習していただければと思います。